東 雑記帳 - 祖母は座棺で葬られて

東 雑記帳 - 祖母は座棺で葬られて

祖母が六十四歳で亡くなったのは、昭和三十八年(一九六三)、中学二年の冬だった。
その前日が土曜日で、その日は自分の誕生日だった。授業は昼までで、喜んで家に帰ったら、母の書き置きがあって、祖母(母の実母)が危篤の知らせがあったので、大島に帰ると書かれていた。
当時、祖父母とは別々に暮らしていた。父と姉の三人で翌朝早く立ち、周防大島に帰ったが、臨終に立ち合うことはできなかった。
その日の朝早く、祖母は母の胸に抱かれ、「死にとうない」と訴えるようにつぶやいた。それが臨終の言葉で、その後間もなく、母に抱かれたまま生きを引き取ったということだった。

お通夜はその日に行われ、葬儀は翌日だったのだろうか。
出棺の間際、祖母は死に装束に身をつつみ、座棺にあぐらをかいたかたちで座らされた。お棺に入れられるとき、その姿を見て、祖母が死んだことを実感した。
初めての体験で、ただただ、見ていた。
祖父は手に剃刀を持ったが、声を押し殺して一刹那、慟哭した。祖父が泣くのを初めて見た。
祖父は祖母の頭のてっぺんの髪を少しばかり剃ったが、てっぺんあたりは全体的に薄くなっていた。今でこそ、生涯を通して髷を結っていた薄くなったのだろうと思うが、そのときは、薄くなっているなあと、不思議な気持ちでながめていた。

当時、墓は山のほうにあった。くぬぎの木などが生えている狭い道を一列に並んで葬列は一列に並んで上っていったのだろうが、よく覚えていない。
覚えているのは墓を掘り起こしたときのことで、大腿骨と思われる長い骨が出てきた。その骨を見て祖父が、「こりゃ、半五郎じいさんのだろう」と一人、つぶやいた。

その数年後、海岸に近いところに新しい墓地がつくられて、東家も一区画を購入し、山の墓地を掘り起こして骨を集め、この新しい墓地に移した。
この頃にはすでに土葬はなくなっていた。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。