東 雑記帳 - 少食という表記は誰が考案し、広めたのか

東 雑記帳 - 少食という表記は誰が考案し、広めたのか

「小食」という表記が「少食」にとって代わったことについてである。
かつては、食事の量が少ないことを表す言葉は「小食」であった。「しょうしょく」が普通の読み方であるが、「こしょく」という読み方もあった。大食の反対語の小食である。それが現在では、「少食」という表記が普通になった。辞書の見出し語も、「しょうしょく」で引くと、「少食」になっている。いつからこのように代わったのか、また、誰が変えたのか。

甲田光雄・甲田医院院長(大正13年=1924~平成20年=2008)は、西式健康法を基本に、断食と独自に考案した少食を自ら実践するとともに、難病の患者に乞われて指導。現代医学で治療が難しい病気に成果を挙げ、名声は轟いた。その療法は。後に西式甲田療法と言われるようになった。
甲田医師を初めて取材したのは、元号が昭和から平成に変わる頃だっただろうか。当時、癌のさまざまな代替療法を取材しており、その一環として断食・少食療法の甲田光雄医師に会って話を聞いたのだった。

自前で取材活動を続けていたが、やがて月刊の某ビジネス雑誌に連載させてもらう幸運に恵まれ、さらには、これは良いと思った4つの療法に絞って取材を重ね、単行本として出版することもできた。ありがたいことに、その本は2万3千部も売れた。また、健康雑誌からも取材や原稿執筆に依頼が舞い込んできた。

甲田医師の療法を記事にするときは、「少食」の表記にしたが、それは甲田医師が一貫してこの表記を使用していたからであり、しかしずっと気になっていた。あえてこの表記にするのは、食べる量が「少ない」ことを強調するためだろうと推測していた。

何回目の取材の折だったか忘れたが、このことについてストレートにだが、遠慮がちに、
「先生が『小』ではなく『少』という漢字を使っておられるのは、少ないことを強調するためですか」とたずねたところ、軽く微笑んで、「そうです。私がつくりました」とおっしゃった。甲田医師が漢字表記を代えた。「少食」は甲田医師がつくった漢字表記だった。

以前に発行された辞書をかなり捨てたので、正確なことはわからないが、昭和49年(1974)発行の新明解国語辞典第二版(三省堂)では、「しょうしょく」の見出し語は「少食」で、「小食とも書く」と付記されている。この頃すでに小食にとって代わっていたとは驚いた。
少食という表記が短期間にマスコミで繁用されるようになったのだろうが、それは食事療法あるいは食事法として少食が民間で急速に広まったことの証ではないだろうか。
とは言え、平成5年(1993)に某スポーツ新聞に甲田医師の療法を記事にする際、「少食」と表記したら「小食」に直された。この頃はまだ、新聞社の用字用語の手引きでは「小食」
になっていたと思われる。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。