東 雑記帳 - 初詣は神社の階段、着物姿を尻押しに

東 雑記帳 - 初詣は神社の階段、着物姿を尻押しに

昭和30年半ばのある年、12月某日、日曜。家に父の勤める会社の若い人が遊びに来ていた。確か岡本という人で、以前にも一度か二度、遊びに来たことがあった。座卓の周りには、父とその男性の他に母と自分がいて、お茶とお菓子が出されていた。姉はいたかどうか、記憶が定かではない。父とその若い人が会社のことをひとしきり話した後、母がその若い男性に、「岡本さんは大晦日は初詣に行かれるんですかねぇ」とたずねた。
すると、岡本さんは、笑みを浮かべて、
「そうです、除夜の鐘が鳴る頃には行きますよ、亀山八幡宮に尻押しにね」
と答えた。
それを聞いた母も父も、何も言葉は返さなかったが、静かに微笑んでいた。

自分はというと、尻押しという言葉は頭の中をスルーしただけだったが、何年か後の気がついた。大晦日から年が明けたばかりの時刻の神社の階段は、人人人、人が押し合いへし合い、ぎっしりと詰まっていた。階段は暗い。うっかり足を踏み外そうものなら、転落しかねない。
前(上)の人と間隔をとり、しっかりついて昇るしかないが、前の人の尻を押しながら階段を一歩一歩進む。ワッセ、ワッセと声を出すかどうかはわからないが、そういう習慣(?)が出来上がっていたのだろう。
初詣の着物姿の女性の尻押し。
そんなことが許されていた時代だった。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。