東 雑記帳 - 「ビールでももらおうか!」と言ってみたい

東 雑記帳 - 「ビールでももらおうか!」と言ってみたい

就寝前、枕元にあった吉行淳之介が編集した『娼婦小説集』を何気なく手に取り、和田初恵の『おまんが紅』に目を通していたところ、遊郭の客が相方の部屋から降りてきて、「お茶でももらおうか」という場面に目が留まった。

この「○○○をもらおうか」という言い方、かつては年上の男が居酒屋で、「ビール、もらおうか」と言うのを時々耳にしたものだった。
今の時代の物言いは違うが、居酒屋なんぞで注文するのはぶっきらぼうなほうが似つかわしい。「ビール!」とか「酒、おかん!」などと、言い捨てるのもめずらしくはなく、むしろ普通であった。

それがいつの間にか気がついたら、大の男が「ビール、ちょうだい」というようになっていた。恥ずかしいとも思わずに……。
かつて、「ちょうだい」は女性と子供の言葉であった。「あれ、買ってちょうだい、ちょうだい」と、ねだる言葉だった。
10年ぐらい前、在阪の親しい人に、この「ちょうだい」について聞いたところ、「そうやなあ、今はなあ、“ビールちょうだい”、というやつはおるで」とのこと。「前はどうだったんですか」と続けて聞いたら、「“おくれ“やなあ」
「おくれ」も「ちょうだい」も同じようなもの、そこでこの会話は打ち切りになった。

しかし、「ちょうだい」という言葉が身につくと、使い勝手がいいが、使いたくないという意識が働く。「もらおうか」と言ってみたいが、もはや時代の空気にあわないし、もしもタイムスリップして使ったとしても自分には似合わないだろう。「ください」も居酒屋には似合わないと思う。
それではどうするか、「酒は生ビールで、つまみは枝豆に煮込みにマグロのぶつ、えーっと、とりあえずそれだけ……」などと、はっきりしない言い方をしてしまい、なんだか格好よくないなあと思ったりするのである。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。