【花も実もある(はなもみもある)】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

【花も実もある(はなもみもある)】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

花と実は「果実」で、「はなみ」と「かじつ」の二つの読みがある。
「はなみ」は、「花と実」「名と実(じつ)」の二つの意味がある。一方、「かじつ」
は「花と実」の意味の他、歌論用語として、「外観と実質。表現と内容」の意味がある。
二つのうち、「はなみ」には「花実が咲く」という慣用句がある。そしてこれに類するものに「花も実もある」がある。

一般的に、花と実が同時になることはない。両方が揃うのはすばらしいことに違いないだろう。
「花も実もある」は、「木または枝に花、実ともにある。外観も美しく内容も充実している」また「筋も通り情味も備わっていて手落ちのないことのたとえ」(故事・俗信 ことわざ大辞典=小学館)。
後者の意味で、「花も実もある粋な計らい」という用い方をすることが多い。

『三文役者の死』は、映画監督新藤兼人さんが昭和の名脇役、殿山泰司さんの生涯を描いた本である。その本に、殿山さんが太平洋戦争で徴兵されたときの次のような一場面がある。

ある夜中、タイちゃん(殿山さんのこと)は中本隊長に叩き起こされた。黙ってついてこいといわれ、目をこすりながら行くと慰安婦の部屋、小林一等兵が心中したのだ。相手はフクコという朝鮮人慰安婦。睡眠薬をのんだのである。フクコは絶命、小林一等兵は助かった。思いきったことをやるなあとタイちゃんは涎をたらして目をむいている小林一等兵の顔をつくづくと眺めた。この件は隊長の花も実もある計らいで内密に処理され、フクコは懇ろに葬られ、小林一等兵は軍法会議に送られないですんだ。

テレビドラマで有名な大岡越前守の「大岡裁き」はまさにこの「花も実もある裁き」であり、だから長らく日本人に人気があるのだろう。
現代の裁判でも、判事が罪は罪として妥当な量刑を科すが、被告の情状酌量し、執行猶予を付けることがある。そして、被告を励ます言葉で締めくくる。
こういうニュースに接したとき、感動し、「花も実もある裁きだ。日本人も捨てたものじゃない」と思わず口をついて出るようなら、その人の日本人度は相当高いといえるだろう。
もちろん、新聞の報道の見出しは「花も実もある裁き」が望ましい。

なお、インターネットのWebio類語辞書には、「花も実もある大岡裁き」という言葉が載っているが、この言葉が紙の辞書に載っているのは見たことがない。実際に使われているかどうか。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。