【ごゆるりと】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

【ごゆるりと】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

あるメーカーのメディア向けセミナーに出席したおりのこと。セミナーは昼前に終わったが、司会進行を務めていた女性がこういった。
「皆様に当○○ホテルのサンドイッチをご用意しておりますので、お召し上がりください。この会場は一時まで使えることになっております。それまで、ごゆるりとお過ごしください」

たしかに、「ごゆるりと」と云ったと思い、少し驚いた。現代にこの言葉を使うのはほとんど聞いたことがない。司会の女性は三十歳前後に見えた。

「ゆるり」は、辞書には次のように説明されている。
ゆるり【緩】〔副詞〕〔多く「と」を伴って用いる〕
①心おきなく、くつろいでいるさま。心にゆとりがあって、のんびりとしたさまを表す語。ゆっくり、ゆるゆる。
②余裕が十分にあるさま。ゆったりとしたさまを表す語。不足なく、らくらくと。
③動作が遅いさまを表す語。ゆっくり。ゆるゆる。
──精選日本国語大辞典(小学館)

主に、敬意を表す「ご」を付けて「ごゆるりと」の形で用いる。古くからある言葉で、時代小説や時代劇ではよく出てくるが、現代では耳にすることはほとんどないだろう。

上記のように、「ゆるり」はどの辞書にあたっても、「ゆっくり」の意と説明されている。そこで「ゆっくり」を調べると、次のようにある。
ゆっくり〔副詞〕(「と」を伴って用いることもある)
①動作や気持にゆとりがあるさまを表す語。のんびりくつろいでいるさま。ゆるゆる。
②動作などが遅いさまを表す語。急がないさま。ゆるゆる。
③余裕が十分にあるさま。状態などにゆとりのあるさまを表す語。
④頭の働きがにぶいさまを表す語。
──前出。精選版日本国語大辞典

「ゆるり」と「ゆっくり」は同じ意味の語であるとわかる。
「ゆっくり」は現代に頻用されているが、「ゆるり」は時代劇や明治・大正・昭和戦前の小説や映画・ドラマには出てくるが、今はほとんど見かけない。
そういったことも作用しているのか、「ゆるり」には古語的な響きがあり、「ゆっくり」
よりも人の気持ちに働きかける力がある、と思う。

「ごゆるり」の用い方はいろいろある。

・ごゆるりとおやすみください。
人をわが家に招いたときの就寝のあいさつとして、また、ホテル・旅館に案内して別れるときのあいさつとして使えるだろう。

・ごゆるりとお泊まりください
・ごゆるりと滞在ください。
・ごゆりとお楽しみください。
・ごゆるりとおくつろぎください

会話では、次のような用い方もある。
・ごゆるりとしてください。
・今日は、ごゆるりできるんでしょう。

時代小説や時代劇では、「それでは、ごゆるりと……」と言いさすこともよくあるが、言いさしで余韻が生まれ、奥ゆかしい。

パーティなどで進行役を務める場合、開会のあいさつで、
「それでは皆様、本日はごゆるりとお過ごしください(ご歓談ください)」と述べると、わかる人はわかる、味のあるあいさつとなるだろう。
この言葉、使い慣れていないと、気恥ずかしさがあるかもしれないが、言葉というものは使っているうちに自分のものとなるもの。そのうち気恥ずかしさは消えていくと思う。

なお、『古語大辞典』(中田祝夫・編監修 小学館)には、『日葡辞書』にある次の用例が紹介されている。
「心のユルリト〔yururito〕アル人 何事にも苦しむことのない落ち着いた人」

この「心のゆるりとある人」も、使ってみたいと思う語である。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。