【犬の川端歩き】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

【犬の川端歩き】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

現代日本の街ではほとんど見られなくなったが、かつては、野良犬がエサを探してうろついているのを見かけたものである。たいした収穫はないのだろう、飢えているように見える犬もいれば、うなだれているように見える犬もいた。
こういう光景を的確に言い表した諺に、
「犬の川端歩き」がある。

「犬の川端歩き」を辞書にあたると、『成語大辞苑』には次のようにある。
〈意味〉
一、金がなくて店先をぶらつくことのたとえ。
二、どんなに奔走してもかいがないことのたとえ。
〈解説〉
一は、川のほとりを犬がえさを探してうろつく様子から。この場合、「犬川」ともいう。
二は、えさが流れてしまったあと、いくら川のほとりを探しても何も得られないということから。この場合、「犬の子ただ歩き」ともいう。
今では犬の放し飼いは禁じられているが、昔は飼い犬も自由に歩き回っていた。もちろん野良犬も多かった。人間をお供に従えた犬が川端を散歩する図など見るよしもなかった時代のことである。人家の付近、ゴミためのあたりならともかく。えさなどありそうもない川端をほっつき歩いている犬を見てこんなことわざが生まれた。

そして、次の使用例が紹介されている。
「せっかくグルメの都に到着しながら、時間がないのと格調高い店には入りにくいので、犬の川端歩きをしてむなしく引き揚げてきました。街の風景のみカメラに収めてきましたので、どうかごらんください」

この用例の光景は、男ならわかるだろう。
上司と初めての取引先を訪問した帰り、初めての街を駅に向かう途中に盛り場がある。
客引きの男女が店先に出て、通る人たちに呼びかけている。夜はこれからという感じ。
居酒屋や寿司屋、焼き肉屋にスナックや女性が接客する店も混じっている
今日は直帰。色とりどりの看板やネオンを横目に、上司が、
「ちょっと寄っていきたいけど、あいにく、このあと先約があってね。きみ、よかったら、探訪してみたら」と言って、さっさと先に駅に向かって行ってしまった。
一人残されて、店が並ぶ通り、二筋、三筋を一通り歩いてみた。可愛い子が客引きをしいていた和風ラウンジとかに寄ってみたいが、懐が乏しいし、一人では入る勇気がない。といって、ただの居酒屋ではつまらないし。物欲しそうな顔をしながら通りをくるくる回った挙げ句、物足りなさを抱えたまま結局どこにも寄らないで帰ることにした。
まさに、犬の川端歩きである。

翌朝、上司と部下のやりとり。
「昨日はあれからどうした? いい店にあたった」
「いいえ、それが犬の川端歩きでして、空しく引き揚げましたよ」

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。