東 雑記帳 - 銭湯の豊登

東 雑記帳 - 銭湯の豊登

数年前まで、時々行っていた近所の昭和的銭湯では、背中に入れ墨を入れた男をよく見かけた。全部で4人いるようだった。40代、50歳前後が1人ずつで、残り2人が60代に見えた。
ある夜、10時頃だったが、脱衣所から風呂場を覗くと、入れ墨の男が1人だけで、浴槽の真ん中あたりで、入り口に背を向けて立っている。入れ墨は背中一面、尻にまである。服を脱ぎながら見るともなく見ていると、その男はゆっくりと両腕を前に交叉させ、腋のところで交叉させている。「豊登」をやっているのである。いつも見かける入れ墨連中の1人、60代後半とおぼしき男だった。

昭和30年代、力道山のプロレスが爆発的に国民人気を得たとき、2番手、3番手のポジションで、それは日本のエース・力道山の引き立て役でもあったが、その1人が怪力豊登だった。
怪力が売りで、外人レスラーと対峙すると、太い腕を交叉させ、脇の下から「パコン、パコン(ポーン、ポーン)」と大きな音を響かせる、すると、相手の悪役外人レスラーがひるむ。お約束のパフォーマンスだった。
子供から大人、男女を年齢を問わず誰もが知っている、大人気の芸だった。子供は競って真似をしたが、中に上手に音を出すやつがいる。その子は自慢げにパコン、パコン、ポーン、ポーンとやるのである。その男の子は、そのことにおいては、友達に一目置かれた。

その豊登パフォーマンスを何十年振りかに見て、なつかしい気持ちがわき上がり、うれしかった。
それはまさしく、高度成長期に差しかかる頃の昭和レトロだった。
演ずる背中一面入れ墨男の背中はたるみ、尻は垂れ下がり、睾丸も垂れている。たぶん、入れ墨も下がっているのだろう。
その老残の身体も昭和レトロで、もの悲しかった。