東 雑記帳 - 親のお使い、話しかけられて記憶が飛ぶ

東 雑記帳 - 親のお使い、話しかけられて記憶が飛ぶ

まだ幼い子供は、親に言われたことも忘れてしまうものだが、とくに記憶が飛びやすい子供がいる。
近所の一歳下の男の子、みっちゃんがそうだった。このみっちゃんは、「はまみっちゃん」とも呼ばれることもあった。それは西ゲ浜という近くの別の集落にもみっちゃんこと、みつおがいた。はまみっちゃんの家は、山下浜西の浜に面した、浜にいちばん近いところにあったからだった。

みっちゃんが五歳の頃、大通りにある菓子屋や岡本百貨店にお使いに行く姿がよく見られた。それは、一時期、集落でちょっとした名物だった。なぜ名物だったのか。
みっちゃんは手にお金を握りしめ、お使いの品物の名前を大きな声で連呼しながら走って買いに行く。
「しんせい、しんせい、しんせい」「せんべい、せんべい、せんべい」「ふりかけ、ふりかけ、ふりかけ」
目的の店に到着するまで連呼する。そうしないと、何を買うのか忘れてしまうからだった。
「しんせい(新生)」は当時、安価で大衆的なタバコの代表的な銘柄だった。岡本百貨店は、百貨店というが、タバコの他、荒物などを売る店だった。食料品も生鮮もの以外は売っていたように思うが、定かではない。

みっちゃんの家からバス通りに出るには、わが家の前を通り、角を曲がって、バス通りに出る。この、わが家の角がお使いのみっちゃんには鬼門である。なぜなら、角を曲がるとき、人に出くわすからである。
出合い頭に、相手が話しかける。
「あ、みっちゃん、どこへ行くん?」
話しかけられて、みっちゃんは答えにつまってしまう。頭がフリーズの状態になって、記憶は飛んでしまっている。
それで、みっちゃんはどうするか。大慌ててでUターンし、家に戻り、何を買うのか親に聞き直すのだろう。振り出しに戻って、もう一度、やり直すのであった。「しんせい、しんせい、しんせい」

話しかけると忘れることは近所でよく知られていた。そのため、暇なおやじ連中がお使い途中のみっちゃんに出合うと、「あっ、みっちゃん、どこへ行くんや?」とわざと話しかける。こうやって、からかい、みっちゃんの記憶が飛ぶのを見て喜ぶのだった。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。