東 雑記帳 - 耳元でささやく声 「カンニングしたね」

東 雑記帳 - 耳元でささやく声 「カンニングしたね」

小学六年の頃。普段のテストでカンニングをするようになっていた。四年頃まではクラスで一、二番だった成績が、だんだんと下がっていっていた。いい点数をとらないといけない。気持ちが追い詰められていた。

先生の「終わり」というかけ声があってから、はずやく解答を書き直したりした。それぞれが自分で採点する方式だったのか。
とにかく、消しゴムで消して、解答を書き直すのだった。
あるとき、それを席が近い男子に見られた。「あっ、カンニングした!」と言われたが、
知らぬふりを押し通した。顔色が変わっていたかもしれない。それ以上騒がれることはなかった。

それから一、二か月たってからだっただろうか。
クラスで何かの行事があったのか、校外へ出たときのこと。いつの間にか、気がついたときには女子の一人がぼくの近くに来ていて、耳元でこうささやいた。
「カンニングしたの、知ってるよ!」
ぼくはクラスで男子五、六人、女子五、六人のグループに属していたが、その大柄な女子も同じグループだった。だが、個人的に親しい間柄ではなかった。
ギョッとしたが、何も聞こえないふりをした。
あいつがしゃべったんだ。

その後も、何かの行事で校外へ出ることがあると、そのたびに同様のことがあった。こちらが一人でいるのを狙い澄ましたように、いつの間にか側にきて、「カンニング、知ってるよ」とささやく。悪魔のささやきだった。
しかし、カンニングをした証拠はない。応じなければよいと、聞こえないふり、知らんふりを押し通した。
カンニングをしたのは確かで、やましい気持ちがあるから、反撃しようとはまったく思わなかった。

「知っているよ」とささやくが、それ以上は何仕掛けてくるわけでもないが、目的がわからない分、不気味だった。
執念深いのだろう、悪魔のささやきは卒業するまで続いた。今思い出しても、気色が悪い。

カンニングは、中学に入ってからはまったくしなくなった。点数へのこだわりはふっきれ、くだらないと思うようになった。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。