東 雑記帳 - 泣く泣く かぐや姫

東 雑記帳 - 泣く泣く かぐや姫

昭和四十三年(一九六八)三月のある日の夜。
東京の大学へ入学手続きをしに行った帰途、国鉄三宮駅で途中下車し、神戸で勤めている中学時代のときに親しかった友達に会いにタクシーを走らせた。
外も静か、車内も深としていて、ラジオのディスクジョッキーかアナウンサーかの声が聞こえてきた。

「次は河井坊茶の『かぐや姫』です」
えっ、あの坊茶が歌をうたうのか! おじさんの坊茶が!

エキゾチックというか、幻想的なイントロで歌は始まった。
聞いたことがない調べ、坊茶の声はやさしく、心地よく、陶然とする思いだった。


はじめの男は 印度に渡る
仏陀の石鉢 天然記念物
ピカピカ光らず
真っ黒なので
よくよく見たらば
メイドインジャパン
泣く泣く かぐや姫
月の出を見て
泣きじゃくる

これが一番の歌詞であるが、この歌詞全体を知ったのは今から一年ほど前である。

河井坊茶は俳優で、かつてラジオの人気番組『ぴよぴよ大学』のメンバーとして活躍、馴染みがある有名人だった。その河井坊茶が、こんなにも魅力的な歌をうたうとは、半ば信じられなかった。あの、坊茶が!

その後、この歌を耳にすることは二度となかったが、ごくたまに、何年あるいは十数年に一度ぐらい、ふと何かの折りに思い出すことがあった。しかし、調べてみようともしなかった。
覚えているのは、河井坊茶が歌っていたということと、かぐや姫というタイトル、「泣く泣く かぐや姫」のフレーズのところの歌詞とメロディだけであった。

何年も前、インターネットで検索したところ、一つだけ、「河井坊茶のかぐや姫を知りませんか」という投稿を見かけたことがあった。
そして一年前、ネットで改めて検索したところ、この歌に関する情報がいろいろ出てきたし、
U-tubeで歌もアップされているとわかった。

この歌のタイトルは『吟遊詩人』で、それとは別に『泣く泣く かぐや姫』のタイトルもある。作詞、作曲は、多彩な才能で作詞家、作曲家、放送作家、演出家等として放送界で活躍したあの三木鶏郎さんだった。U-tubeにはこの歌の楽譜が映っているが、そこではタイトルは『かぐや姫』となっている。

ネットに文化放送の『三木鶏郎生誕100記念特別番組 三木鶏郎の世界』の放送(二〇一四年)の案内が今も出ており、そこにはこの歌を作ったときのいきさつが述べられている。概略を記すと……。

昭和三十年(一九五五)、大阪朝日放送の『ホームソング』から曲の依頼があり、生まれて初めてマイナー調の曲を書いてみることにした。
そのとき、ふと浮かんだのが『竹取物語』。かぐや姫をとり巻く五人の男の物語である。そして、三分で書き上げたのが、『吟遊詩人の歌』だった。吟遊詩人の詩に仕立て、異国情緒多漂う哀愁を帯びた旋律に仕上がった。
さて、誰に歌ってもらおうか、と考えたとき、河井坊茶が浮かんだ。それに伊藤翁助のギターソロがぴったり合うと思った。
和風フラメンコスタイルになった録音を送ると、予算が余るのでオーケストラを使ってくれないかと頼まれた。そこでオーケストラの演奏でダークダックスが歌うタイプも録音して送った。

それきり、鶏廊は『かぐや姫』のことは忘れていたが、十月に講演旅行で九州に出かけた帰路、朝日放送から「大阪(伊丹空港)で降りてください」との連絡が入った。
空港で待っていた局のプロデューサーが、「九月一日に“かぐや姫”を放送して以来、大変なヒットで、聴取率が五倍、毎日投書が平均三百通、一年分の楽譜が品切れです」と。
鶏郎が半信半疑で心斎橋を歩いて行くと、向こうの方から子供たちが「♪泣く泣く~かぐや姫…」と歌いながらやって来た!

ちなみに、番組の名前は正式には『クレハホームソング』だったようである。
こうして長年の疑問は解けた。
昭和三十年は、小学三年、六歳のとき。当時、この歌はまったく知らなかった。
大阪など関西方面のみで流行したのだろうか。

調べていて、俳優の愛川欽也さんが昭和五十五年(一九八五)に、奥山侊伸補作、高田弘補局でカバーしているとわかった。U-tubeでアップされている。レコードのジャケットはスーツ姿にゆるめたネクタイ、ほろ酔い気味の欽也さんが居酒屋の暖簾をくぐる写真で、哀愁漂い、漫画家東陽片岡さん描く中年サラリーマンのようでもある。歌もいい感じ。

昭和四十三年の話に戻ると、不思議な歌の余韻に引きずられていたが、目的地に到着。
友達に大学に合格できたことを改めて報告したのだが、友達は社会に出て早一年。なんとなくそっけなかった。
屈託を残し、タクシーで三宮の駅へ急いだが、着いてみると、西へ下る最終の急行はすでに出発した後だった。嗚呼。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。