東 雑記帳 - 南方マラリア、夏に震える父

東 雑記帳 - 南方マラリア、夏に震える父

五歳のときの夏八月。離れて暮らす父がお盆に帰省してきていたときのこと。
午後の早い時間だったか、父が毛布にくるまって震えているのを見た。熱が出ているようだった。
いったい、どうしたんだろう。異様な光景である。
近くに祖母がいたから、不審がって聞いたのだろう。祖母は、
「ありゃあ、南方で悪い病気をもらってきたから」とだけ言った。

マラリアだったということは、その病名をいつ知ったのか、わからない。
父は確か昭和十七年(一九四二)に応召され、南方のインドネシアのスラバヤや、マリアナ諸島のテニヤンなどに滞在していた。
そのどこかでマラリアをもらったようだった。
当時、マラリアの特効薬のキニーネは開発されていたが、敵国アメリカは日本に対してキニーネの入手経路を封じたが、日本も同様の対抗策を講じたのか。

あのとき、父は震えており、寒気がし、熱も出ているようだった。調べてみたら、マラリアの発作は悪寒、震えがして発熱し、その後数時間して熱が下がり、平常に戻るようである。

父が何年にマラリアに感染したのかはわからないが、昭和二十年に発症したと仮定しても、その光景を見たときは十年目になろうとしていた。ウイルスがいったん棲み着くと容易には排除できない、かくも長く続く痼疾なのだろう。

父がマラリアに感染していたことは、本人がそれを話題にすることはまったくなかったし、母もそうだった。
父は、死ぬまで何も言わなかった。マラリアは感染症で、それは世間を気にする病気だから、そういうこともあって口にすることをまったくしなかったのだろうか。
父も、つらい思いしたのだろう。
家族がそのことを話題にのせなかったことは、一学年上の姉がまったく知らないままでいたことからも確かだと思う。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。