東 雑記帳 - 元大関の強烈な張り倒しに、凍りついた

東 雑記帳 - 元大関の強烈な張り倒しに、凍りついた

小学五年のときだったと思う。ある日のこと、一学年上の姉が、大相撲の巡業が市民球場に来るので同じクラスの子達と見に行くというのを聞き、自分もついていった。
会場の市民球場に着いたところ、見えるのは人だかりばかり。それもほとんどが子供である。
時折、大きな歓声とともに人の群れが動くが、それは力士が通ると子供がついていくからであった。

何人か力士が通り過ぎた後のこと、一人の力士を子供たちの群れが追いかけたが、いきなり怒声が響いた。「バカヤロー、なにをするんだ」というようなことを言ったと思う。その瞬時、稽古後に着る泥着といわれる浴衣をはおって仁王立ちの力士が、一人の男の子に張り手をかましたのだった。その子は、何メートルかすっ飛んだ。
なぜ、人だかりの中、その光景が見えたかというと、怒声が響いたとき、その瞬間に人垣は引いて空間ができ、その力士と男の子だけが空間の真ん中にいたからであった。
その力士は、大関から陥落し、主に平幕で相撲を取り続けていた。

この光景を見たのは、ほぼ全員が子供だった。自分の側に姉や姉の同級生たちもいたが、誰も言葉を交わさなかった。
強烈な張り手、いや張り倒しを見て、凍りついたからだった。
張り倒された子供は姉と同じ学年で、顔を見知っていた。

この後も、いろいろな力士を見たが、少し前に引退した自分のひいきの力士には会えなかった。
取り組みが行われている土俵が見える近くまで行ったが、見物に身がはいらなかった。
この光景に、大相撲の世界が堅気の世界とは違う、何かただならぬものを感たように記憶している。ただし、だからといって相撲が嫌いになるということはなく、むしろ、堅気ではないことに魅力を感じるようになっていった。

現在なら、張り倒した力士は暴行罪か傷害罪で検挙されるに違いないだろう。見ていたのが子供ばかりだったが、大人の耳に入らなかったのだろうか。この出来事が新聞に載ることはなかった。
それにしても、元大関はなぜ子供を張り倒したのか。体にさわったのだろうと思うが、それ以上、怒らすようなことをしでかしたのだろうか。張り倒された子は一生心に傷が残っただろう。
ちなみに、入場料は払わなかったように思う。立ち見は無料で開放していたのか。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。