【へらず口(へらずぐち)】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

【へらず口(へらずぐち)】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

「へらず口」の「ず」は否定で、「へらず」は減らないということ。「へらず口」は口が減らないことで、「いくらしゃべっても口は減らない」の意から、「自分勝手な屁理屈を言い立てること。強がりや負けおしみを言うこと。また、その言葉」を表すようになった。多くは、「へらず口を叩く」という言い方で用いられる。

『大辞泉』には以上のように説明されているが、一方で「へる」の項には「気おくれする。ひるむ。臆する」と説明されていて、「口のへらない若僧だ」の用法が載っている。つまり、「へる」は「減る」ではなく、「謙る」で、「自分自身を卑下する。謙遜する」の意味で、「減る」の漢字は借字という説もあるようである。

明治・大正の文学から現代の小説やノベルまで、「へらず口」は使われている。
久生十蘭の『犂氏の友情』に次のような場面がある。舞台はパリの下町、盗人などが棲んでいる集落。社会学の教授がその生態を研究するために潜入したところ、盗人の仲間に引き込まれることになった、というくだり。

先生は、こういう非常のときにも、学者らしい執着を忘れずに蒼褪めた顔をしながらいかにもそのひとらしく、こんな減らず口を叩く。
「なにしろ、わたしのような廉潔な老学徒を盗っとに誘おうというのですからねえ。発達的に言うと、たしかにこれは反省道徳が退歩しつつあるという顕著な実例になります」

現代での使い方としては、屁理屈をこねて言い訳する人に対して、「へらず口を叩くのはいい加減にしましょう」と、やさしく戒めるとよいだろう。

とはいえ、家族がへらず口を叩き続け、うるさくてたまらないので、「へらず口を叩くのはいいかげんにしなさい」と注意したところ、敵もさるもので、冗談めかして「減らず口って、どんな口?」と、リズミカルに歌うように切り返してきた。「そうそう、そんな口」と答えたところ、敵は「あ、そんな口、あんな口、どんな口」と、ますます調子に乗ってきて、手が付けられないのであった。

この言葉、すでに現代人にとっては、言われると、きつい言葉なのかもしれない。取り扱い少々要注意。たしなめる言葉として使う場合、冗談めかし、笑顔で、やんわりと言ったほうがよいだろう。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。